機転

私は会話での機転が利かない。ここぞというところで、とっさに、気の利いた言葉が返せないのだ。後になって、こう言えば、もっと的を得ていたのにとか、もっとウケたのにとか、後悔する。同じ会話が繰り返されることはないから、そのアイディアが次に活かされることもなく、また後悔するわけだ…。
そんな時に、思い出す映画のワンシーンがある。フランソワ・トリュフォー監督「夜霧の恋人たち」(1969年)。アントワーヌは20才すぎ。甘ったれのダメ青年だ。ある日、崇拝している女性とお茶する機会がめぐってくる。デルフィーヌ・セイリグ演じる年上の人妻。セレブで、美しく、上品で、教養もある。
アントワーヌは、憧れのマダムを前に、すごーーーく緊張してしまい、「ウィ、マダム」と言うところを、「ウィ、ムッシュー」と返事してしまう。アントワーヌは自分の失言にショックを受け、その場から逃げ出してしまうが、マダムはそんな彼に手紙を書く。「男の人が浴室に入ったら、女の人が裸になっていました。失礼しました、マダムと言えば、それは礼儀正しいことです。でも、失礼、ムッシューと言えば、それは機転です」と。
アントワーヌがあがってしまって訳分からなくなっている様子を「ムッシュー」の一言で伝えてしまうトリュフォーの演出もすごいけれど、その後のマダムの手紙もセンスがいい。女性にムッシューと言っても、場合によっては機転にもなるのよ、というアントワーヌへのなぐさめと、大人の会話をさりげなく伝授している優しさが感じられて。
いつか、そんな会話ができるようになりたいねぇ。

フォローする