高峰秀子『わたしの渡世日記』

こんな面白い本に出会ったのは久しぶり。帰省する際に東京駅で、新幹線に乗ってる間の暇つぶしになりゃ何でもいいや、表紙の「デコちゃん」の写真が可愛い!というただそれだけの理由で、中身もよく見ずに買ってしまった。しかし面白くてあっという間に読んでしまい、帰りの新幹線に乗るときには下巻を買っていた。

120109deko.jpg高峰秀子
『わたしの渡世日記』上・下
新潮文庫

女優高峰秀子の自伝。奥付によると、1975年5月~76年5月『週刊朝日』に連載され、その後単行本化された。2012年、3回目の文庫本化。

私は邦画に疎く(^^ゞ、彼女の出演作で見たのは『カルメン故郷へ帰る』、『二十四の瞳』ぐらい。ストリッパーと小学校の先生という対照的な役を演じたこの2本だけでも、日本の女優ではめずらしく演技力もあり、美しく、さすが昭和を代表する大女優だと思っていたが、彼女の文章から人間として魅力ある人だなぁと思った。
1924年生まれ、2010年没。5才で子役デビューし、子役時代から売れっ子。しかし家族愛には恵まれず、幼い頃から家族親族の大黒柱になって仕事に追われ、貧乏暮らしが長かったらしい。しかしというか、だからこそなのか、女性の身の上話にありがちな同情を引こうとするところや、気取ったところがまるでない。むしろ、スクリーン以外で、自分を良く見せようとすることを小っ恥ずかしいと思っている感じさえある。自分の境遇や仕事についてはドライに、時には自虐ネタにしておもしろおかしく書くけれど、逆に、自分が素晴らしいと思う監督や俳優に関しては熱く語り、ダメなものには手厳しい。文章もキビキビとしている。誰にも媚びない、芯の通った人という印象を受けた。

そして、何と言っても映画ファンを魅了するのは、彼女の出演作とともに語られる制作現場や監督・俳優の話。5才から映画界にいて、名画に数多く主演している彼女の自伝は、そのまま日本映画の歴史でもある。無声からトーキー、戦時期の映画制作、戦後混乱期「来なかったのは軍艦だけ」と言われる東宝争議、モノクロからカラーへ(『カルメン故郷へ帰る』は日本初の全編カラー映画)、時代時代の制作現場、苦労話がいきいきと語られる。
そして、彼女は大物監督、俳優、文人・芸術家にも可愛がられた。木下恵介、成瀬巳喜男、小津安二郎、東海林太郎、田中絹代、原節子、入り江たか子、大河内伝次郎、森雅之、谷崎潤一郎、梅原龍三郎、川口松太郎…。こうした人々とのエピソードや、世間にはあまり知られていない素顔も、新鮮でワクワクする。少女時代、助監督だった黒澤明に恋心を抱き、養母によって引き裂かれたなんて話にはビックリだよ。

デコちゃんの映画をもっと見たいなーと思ったら、2月にNHKBSで、五所平之助『煙突の見える場所』(1953年)、稲垣浩『無法松の一生』(1958年)、豊田四郎『恍惚の人』(1973年)の放送がある。ラッキー!。あとはやっぱり、成瀬巳喜男『浮雲』(1955年)、『乱れる』(1964年)、木下恵介『喜びも悲しみの幾年月』(1957年)、『名もなく貧しく美しく』(1961年)、増村保造『華岡清州の妻』(1967年)あたりは見てみたいなぁ。

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